気は存在するのか。

前回は、陰と陽についてお話させていただきました。

今回は、「気」についてです。

東洋医学を勉強してみようとおもって一番最初にひっかかるのは、たぶんここじゃないかと思います。

「気」というのは、正直よくわからない。
いきなりスピリチュアルな感じがして、なんだか抵抗ありますよね。

でも、東洋医学は、「気」の医学ですから、ここは素通りできないんです。

気とは、なんなのか。そもそも。存在するのでしょうか?

気は存在するのか?

「気」なんていうと、話が突然、怪しげになってきます。
気はあるのかないのかよくわからない、幽霊のような扱いだから、オカルトのように感じてしまいます。

はたして、気はモノとして、存在するのでしょうか?

実は、よくわかっていません。

今も本場の中医学でも議論されているところです。
少なくとも、現在の物理学ではなんとも説明できない存在ではあります。

しかし、日々、人の体に触れていると、気の存在はとても身近なものです。

気をモノとしてあるのかないのかという話になると、
スピリチュアルを肯定するのか否定するのかということになって、話がややこしくなります。

そこで、気というのを、”働き”だと定義してしまいましょう。

「気」というのは、「働き」のことだと思っていたいたら一番近いと考えています。
生命の活動の働きを気と呼ぶ。と考えるとしっくりきます。

「気が滞る」とは、「働きが鈍っている」ということだし、
「気が充実している」とは、「よく働いている状態だ」ということになります。

東洋医学は気(働き)の医学

東洋医学では、五臓六腑といって、「おなかの中」が中心になっています。

そのため、よく肝とか、肺とかいうおなかの話がでてきます。
そうすると、

「肺」って私、肺が悪いんですか?

と聞かれることが多いんですが、東洋医学は働き(気)の医学ですから、肺っていうのも、
肺という臓器そのものではなくて、働きのことなんです。

東洋医学で肺というと、呼吸という働きのことを指します。

呼吸は肺という内臓だけではなく、気管も鼻も、皮膚も関係しますから、東洋医学の肺は、これらすべてを含む働きとして捉えています。

西洋医学は人をモノ(機械)として扱い、
東洋医学は人を”働き”として扱っているとも言えます。

そのような東洋医学の基本の気は、”働き”そのものを指す。

と、そんな風にまずは思っていただければわかりやすいと考えています。

 

参考文献

図解東洋医学
基礎中医学
臓腑経絡学ノート